憲法ならではの正直
そしていきおい、なんでも屋的な色を強めている。きみたちのリーダ、が世間に向けている顔を見ればわかる。そうしなければきみの党は政党として成長できなかっただろう。市民運動の殻を抜け出ず、国会でちょっとだけうろうろして、それきりだったろう。だが、組織としての政党につきもののこうした半可通をなじって、いったい意味があるのだろうか?半可通のために政治能力が低くなるのは、しょうがないのだろうか?政治が広く浅くなり、ことわり政党が半可通の集まりになるのは、自然の理というか、民主主義の変えようのない性質なのだろうカ?恐ろしいが、答えはそうだなのかもしれない。わたしが間違っているといいのだが。わたしにとって、これがなぜそうも重要なのかつて?世界が日々目まぐるしく変化し、それとともにわたしたちが解決しなければならない政治問題も、くるくると変わるからだ。政党があらゆる問題の解決を、オ、ルラウンドに政策提言に盛り込まなければならない民主主義、問題解決がまず政治イデオロギ、や話術や娯楽と相性がいいかどうかを調べなければならない民主主義は、この世界にはもうついていけない。今の政党は、複合企業と同じような道をたどっているのではないかと思う。