大切の自信

婦女連合会の顧問をしていた副市長が、新しい土地へ行くのだからそれくらいは必要だと口ぞえしてくれたのだ。仮の党員資格を与えられた1年のあいだに努力して党員にふさわしいと認められれば、正式の党員に昇格させてもらえる。スーチヨワン父と母は、南西方面に向かう。人以上の党員に合流することになった。ほとんどが4川省に向かう人々だ。大多数は男性で、中国南西部出身の党幹部だった。女性はごく少数で、4川省から来た党員と結婚した満州生まれの妻たちであった。出発にあたって。余人はいくつかの部隊にー編制され、全員にキ色の軍服が支給された。内戦の続いている地域をいくつも通過する旅になるのだ。シヤ1949年7月27日、祖母と夏先生と友だちほとんどが共産党にマークされている人々だった)が駅まで見送りに来た。ホームに立って別れの挨拶をかわしながら、母は相反するふたつの感情のはざまで揺れていた。一方では、今まさに寵からとびだして大空にはばたこうとする鳥のように心が躍った。だがもう一方では、自の前の愛する人々、とりわけ母親に、いつまた会える日が来るのだろうと思うと、心が沈んだ。旅は危険に満ち満ちている。めざす4川省は、まだ国民党の手のなかにある。