代後半ことを数日後

国民党の弾薬庫のひとつに、起爆装置を持ちこむのだ。指定されたのは、務大佐が所属する師団の弾薬庫だった。弾薬庫は、広い中庭にあった。4方を囲む壁の上には有刺鉄線が張つであり、電流が流れている。出入りする者は、全員身体検査をされるという話だった。だが一方で、弾薬庫の敷地内に住んでいる兵隊たちは、ほとんど1日じゅう酒とギャンブルに明け暮れていた。たまに売春婦をつれこんで、ダンスに興じることもあった。母は、そういうダンスパーティーをいちど見てみたい、と汲大佐にねだった。大佐は、何もたずねずに母の願いをきいてくれた。翌日、それまで会ったことのない男が起爆装置を持ってきた。母は、渡された起爆装置をバッグにしのばせて汲大佐の車で弾薬庫に乗りつけた。身体検査は、されなかった。中にはいると、5米10キロで、娘売ります大佐にその辺を案内してくださらない?と頼んだ。バッグは、指示されたとおり車内に残して行った。2人の姿が消えたのを見はからって、地下活動員がバッグの中から起爆装置を抜き取る手はずになっていた。母は、時間をかせぐために、わざとゆっくり歩きまわった。大佐は喜んでつきあってくれた。その夜、ものすごい爆発音が市中を揺るがした。