ギャンブル他、国民党

生まれてはじめて、母は自分に自信を失いかけていた。革命が悪いとは思わなかった。党が悪いとも思わなかった。婦連の職員をうらむ気にもなれなかった。彼女たちは革命の同志であり、党の声を代弁しているように思われた。結局、母のうらみは父に向けられた。わたしのことを何よりも大切と思ってくれない。いつも、わたしより同僚の味方をする。みんなの前でわたしの弁護をするのは無理かもしれない。それはわかる。だけど2人きりのときぐらい、わたしの味方になってほしいしかし、それもかなわなかった。結婚生活を始めたばかりのときから、父と母には根本的にちがうところがあった。父にとって、党に対する忠誠は絶対だった。人前であろうと家の中であろうと、たとえ自分の妻に対してであろうと、父はつねに首尾1貫した立場でものを言わなくてはいけないと考える人だった。一方、母はもっと臨機応変だった。母の忠誠は、理性と感情の双方に支えられていた。母には私人としての部分があったが、父にはなかった。母には錦州での生活がこれ以上耐えられなくなった。この町から出て行きたいの、いますぐにーイピン母は父に訴えた。父は昇進が目前であったが母の願いを聞き入れ、生まれ故郷の宜賓にもど。